2025.05.22
【寄稿】ネットゼロウォーターによる持続可能なランドスケープの可能性
坂本 哲 (株式会社日比谷アメニス 共創環境部)
NPO給排水設備研究会誌「給排水設備研究」2025年1月号に、当社社員が寄稿した記事をご紹介します。
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1.ランドスケープによるネットゼロウォーター|水をめぐる国内外の社会課題
2015年に国連でSDGsが採択されてから、全世界のさまざまな組織や個人が持続可能な社会・経営・環境へのシフトに注目を続けている。SDGsの17の目標の中にも水に関する社会課題は多く含まれている。世界では、一人当たりの水資源量が、地域の気候帯によって水ストレスの様相が異なる。水需要は、世界全体の人口増加に伴い、2000年から2050年に向けて増加の一途をたどることが予想されている。一方、地球温暖化の影響によって水質悪化のシナリオも予見されている。すなわち水需要が高まりながら、水質悪化が進むというネガティブなストーリーが展開されている。このような背景から、世界では現時点でも水をめぐる地域紛争が勃発している。国内に目を向けると、水資源・水環境・水災害という社会課題が挙がっている。特に水災害は、毎年のように、ゲリラ豪雨・水害・台風などが激甚化・頻発化して大きな社会課題となっている。
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2.グリーンインフラの必要性
国土交通省が2019年7月に推進戦略としてまとめたグリーンインフラは、社会資本整備や土地利用等のハード・ソフト両面において、自然環境が有する多様な機能を活用し、持続可能で魅力ある国土・都市・地域づくりを進める取組みである(国土交通省HPより引用)。グリーンインフラを推進すべき場面のひとつとして、気候変動への対応を挙げている。グリーンインフラと一口に言っても、実は多様な機能がある。国土交通省の定義では、社会資本整備や土地利用等のハード・ソフト両面において、自然環境が有する多様な機能を活用し、持続可能で魅力ある国土・都市・地域づくりを進める取組みとしている。雨水の貯留・浸透による防災・減災機能だけでなく、植物の蒸発散機能を通じた気温上昇の抑制や水質浄化、生物多様性保全など、幅広い機能に注目されている。前述した近年の水災害の増加もあいまって、グリーンインフラの機能の中でも雨水抑制・防災減災に有用な緑地に注目が集まっている。
2-1.世界各国のグリーンインフラ事例
レインガーデン(雨庭)やバイオスウェル(緑溝)は北米や豪州・欧州など多くの都市で設置されている。参加型まちづくりで日本でも有名になった米国オレゴン州ポートランド市では、細かく区分けされた街区に多様な用途の施設が存在する(ミックスドユース)。多様な施設の一つとして街区公園を設置して、そこには雨水貯留するレインガーデンや循環型水景施設を見ることができる。また、民間施設の敷地内にレインガーデンやバイオスウェルが設置されている。ワシントン州シアトル市では公共分野のグリーンインフラについても20年以上の歴史を持つ。車道や歩道の雨水排水を貯留して集約していくレインガーデンやバイオスウェルが街なかに多く整備されている。
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中国北京市では2019年の国際園芸博覧会にて米国サンフランシスコ市と東京に拠点を置くデザイナー会社office maによって、雨水循環型のレインガーデンがデザインされて、多くの来訪客を魅了した。
2-2.日本国内のグリーンインフラ事例
日本では防災減災型グリーンインフラを「雨庭」という用語で整備してきた。「雨庭」とは、地上に降った雨水を下水道に直接放流することなく、一時的に貯留し、ゆっくり地中に浸透させる構造を持った緑地のことと定義されている(京都市HPより)。
近年では、都市の民間再開発で、レインガーデンとして多く計画されるようになった。東京農業大学「経堂の森(仮称)」では雨水の浸透と貯留機能を持つレインガーデンがデザインされている(施工:日比谷アメニス)。ルフォミ江ケ崎(民間企業の社員寮・社宅)では、芝生下に保水・浸透基盤を設けて、表層からは目立たない構造のグリーンインフラがデザインされている(ランドスケープ設計・施工:日比谷アメニス)。都市だけでなく、企業の環境・サスティナビリティ対応としてのグリーンインフラ設置も見られる。
工作機械メーカーの株式会社アマダは、事業所内にあった人工林伐採に合わせて、その敷地形状を生かしたレインガーデンを設置した。

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敷地外に雨水を流出しない機能だけでなく、地域に即した在来植生を選んだため、生物多様性の向上(ネイチャーポジティブ)にも貢献している(設計・施工:日比谷アメニス)。当事例は第三回グリーンインフラ大賞優秀賞にも選出されている。

東京都では、2024年1月に発行した東京グリーンビズ(ver.2)の中で、グリーンインフラを先行プロジェクトとして、グリーンインフラの設置推進、効果検証を目的に雨水流出抑制に資するグリーンインフラを公用地で実装を進めている。その一環として東京都東部公園の大島小松川公園では3か所のレインガーデンと2か所のバイオスウェル(緑溝)が設置されている(設計・施工:日比谷アメニス)。今後、地方自治体でも、雨水抑制・防災減災型のグリーンインフラが多く実装されていくことが予見される。
3.ネットゼロウォーターの定義
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水をめぐる社会課題に対してネットゼロウォーターという概念がある。米国EPA環境保護局によると、ネットゼロとは、需要と供給をバランスさせることとある。同局は、ネットゼロの対象として「水」「エネルギー」「ゴミ」を挙げている。ネットゼロウォーターの定義は、水資源の消費を制限し、それを同じ流域に戻すことで、その地域の水資源を年間を通して量的にも質的にも枯渇させないことを意味する。
このネットゼロウォーターは、米国では環境認証(Living Building Challenge、LEED)の対象にもなっている。近年、世界中でネットゼロウォーターを実現して、社会課題を解決している施設がいくつも出来てきている。当社が注目したのは、その中でも、前述したグリーインフラ機能を持つレインガーデンや、人工湿地(Constructed WetlandまたはArtificial Wetlandと呼ばれる緑地帯で雨水・排水を浄化し、再利用する仕組みを取り込んだ施設)となっている。
4.緑地をもちいたネットゼロウォーターの事例
ネットゼロウォーターを実現する事例として、米国ワシントン州シアトル市のブリットセンターが挙げられる。この施設では、水だけでなく、エネルギー・ゴミに至るまでネットゼロで設計されて、実際に運営されている。この施設は、ネットゼロな施設を環境認証する国際NGOやさまざまなスタートアップ企業が入居するオフィスである。ネットゼロウォーターの仕組みとしては、雨水と排水(オフィスワーカーの生活排水)を集水貯留し、屋上緑化やランドスケープに設置された人工湿地で浄化する。その後トイレの洗浄水や植栽帯の灌水に再利用される。余剰水は緑地に一度溜め込まれて、蒸散・浸透される仕組みである。

二つ目の事例として、米国オレゴン州ポートランド市のロイド地区にあるハサロ・オン・エイスを挙げたい。ここは4つのビルから構成される再開発街区である。それぞれ低層階が商業施設で、中高層階が住居の複合用途施設である。それぞれのビルで使用された生活排水が貯留されて、それらが街区中央のランドスケープの一角にある貯水施設に導かれる。そこから何層にも区切られた大型の人工湿地の中へ水が通っていき、最終的には地下の貯留ピットに入り、滅菌・消毒される。再生された水はトイレの洗浄水や冷却水・灌水などに使われる。この街区では雨水を別系統にして集めて、中央の中庭のランドスケープを構成する水系施設の循環水として使われている。
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三番目の事例は、米国ワシントン州のシータックにあるアラスカ航空the HUBの事例である。このデザインは、敷地内の雨水管理を中心的な特徴としながら、生き物の生息地の創出と、在来の生態系に触発された植物の色あいを強調することで、持続可能性に対する同社の取り組みを示している。美しく機能的な浮上湿地は、HUBのプラザの端から草原に伸びており、鋼鉄の側溝を通って中央の雨水庭園へと導かれる。建物の屋根と舗装されたエリアに落ちるすべての雨水は、水質浄化と地下水の補給のために自然型の浄化施設に送られる。庭園で集められた雨水は、地下の巨大な貯留室に浸透し、さらに地下浸透することで、雨水排水インフラへの影響を軽減している。1)

5.人工湿地とランドスケープ
日本国内では工学分野で人工湿地の研究・実装が進められている。
ここでの人工湿地とは、湿地生態系の持つ水質浄化機能を工学的に強化した人工生態系を利用した排水処理を行う手法である2)。処理性能が人工湿地の面積に依存するため、都市域よりも地方の既存の下水道網を利用できない、あるいは新たに下水道整備することが困難な小規模分散集落のために使われてきた。近年ではSDGsに代表されるように生態系保全や生態系サービスの重要性に対する認識の高まりと共に、都市域で人工湿地を設置する試みが始まっている。
山梨大学が甲斐の国大和自然学校に設置した花壇型人工湿地は、自然学校の管理棟から出る排水の全量を処理する。当該施設は現地施設より電力を供給されることなく太陽光で稼働するオフグリッドな施設であり、インフラ整備が困難な地域においても設置が可能な設備である。3)
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5-1.人工湿地の種類
人工湿地は、①表面流式人工湿地 ②浸透流式人工湿地 ③干満流式人工湿地 ④汚泥処理人工湿地 と分けられる。
表面流式人工湿地は、湿地表面に排水を流して除去をおこなう手法である。抽水植物を植栽した水路で処理する方法や浮標植物を植栽して処理する方法もある。浸透流式人工湿地は、水平流式人工湿地と鉛直流式人工湿地に分類される。水平流式人工湿地は、湿地内部に水平に排水を流して除去をおこなう手法である。嫌気的反応の進行に優れており、表面流式人工湿地と比較して汚濁物質濃度を非常に低い濃度まで下げることができる。鉛直流式人工湿地は、湿地内部に鉛直に排水を流して除去する方法である。干満流式人工湿地は、干潟の干満のように、ろ床内に一定期間水を保持‐排水‐干水を繰り返して処理をおこなう手法である。鉛直流式人工湿地より酸化能力が高いが制御システムが複雑になる。最後に汚泥処理人工湿地は、汚泥をろ床に浸透させて、毛管吸引を利用してろ床表面から持続的に水分を蒸発させる脱水・乾燥方法である。汚泥処理人工湿地を除くこれらの人工湿地は、排水インフラが無い地域への設置を目的とされている。近年では、2024年1月に起きた能登半島沖地震にて被災した地域の排水インフラとしても検討されている。
5-2.人工湿地とグリーンインフラの関係性
この人工湿地をランドスケープの一部として採り入れて計画する動きが出てきている。これには「都市型」「地域型」「排水・汚泥処理型」が挙げられる。「都市型」の目的は防災・減災対応である。都市再開発やオフィス需要に伴う建設計画で実装される水景設備に取り入れる動きである。ビオトープや水景は、再開発計画地域の生物多様性向上や周辺地域の環境学習の一環として設置されているが、これに人工湿地を組み合わせて機能させる試みである。平時は生物環境を維持・保全する景観の形成をおこない、利用者にとってはバイオフィリックデザイン4)がもたらされることでウェルビーイングを向上させるが、災害時には生活用水を担保する機能を持つ。「地域型」は「都市型」と同じく防災機能を持つことになるが、離島や限界集落では通常利用とされることも考えられる。「排水・汚泥対策型」は広い敷地を持つ事業所や工場の排水処理として有効かと考える。工場・事業所でのグリーンインフラ事例の進化版として、排水・汚泥処理、景観形成、生物多様性保全、従業員のウェルビーイング向上など複数の機能を全うする緑地の利活用方法が期待される。
6.ネットゼロウォーター研究会
世界が抱える水に関わる社会課題に対して、世界各地でグリーンインフラの整備や、ネットゼロウォーターを実現する施設が生まれてきている。
当社は2018年に事務局となって、ネットゼロウォーターの主に国内での実装を推進する研究会「ネットゼロウォーター研究会」を設立した。2019年には、米国ポートランド市、シアトル市、サンフランシスコ市および中国北京市・深圳市で活躍するネットゼロウォーターに知見の深いまちづくり専門家やランドスケープアーキテクトを登壇者として招いたセミナー「ネットゼロウォーターの可能性~緑地をつかった水資源の再利用」を開催した。行政関係者、不動産企業、メーカー企業、建築・ランドスケープ設計者等が多く参加されて、関心の高さがわかった。同研究会では、定期的にネットゼロウォーターとそれを取り巻く潮流に関するセミナーとして、「環境認証の国内外の潮流」「米国・日本のネットゼロウォーターとランドスケープ」などを提供し続けている。また、研究会自体が主体となって展示会出展した「グリーンインフラ産業展」では関係省庁や地方自治体および建設・環境を生業とする民間事業者など幅広い属性の方々と意見交換・情報共有をおこなった。
7.今後の展開
当社では、日本型のネットゼロウォーターを実現する施設の実装を進めている。緑地をもちいたネットゼロウォーター施設の中核要素である人工湿地は、実は畜産業界では古くから使われている。また工学で研究されている実績もある。これらを都市型・郊外型・地方型など用途によって使い分けて、かつ水災害を抑制するグリーンインフラも装備したシステムの実装を進めている。目指すのは、社会課題を解決できる持続可能なランドスケープの実現にある。これからのランドスケープは、業界「内」で評価されるだけに留まらず、それらが持つ多様な「機能」をステークホルダーに享受して、多様な「価値」をステークホルダーに提供していく。使うことで、経済・環境・社会に確実に貢献するものをシステムとして提供をおこない、業界の「外」で評価されるものを作っていく。ネットゼロウォーターをもちいた持続可能なランドスケープが、その橋頭堡となることを願って、この技術推進を続けている。
注釈
1)BERGER PARTNERSHIP https://www.bergerpartnership.com/work/copper-river-project/
2)谷口崇至:植物由来有機物を考慮した鉛直流人工湿地モデルに関する研究、博士学位論文、東北大学大学院、2024
3)谷口崇至、遠山忠、中野和典:オフグリッド人工湿地の設計と運用に関する基礎的知見 、人工湿地ワークショップ、2024年9月
4)バイオフィリックデザイン:国土交通省 https://www.mlit.go.jp/common/001286039.pdf
(NPO給排水設備研究会誌「給排水設備研究 2025年 1月号」より転載)